霧と潮の狭間に生まれた幻影
アイラ島の北岸、霧の絶えぬ入江にその蒸留所はある。
名を――カリラ(Caol Ila)。
ゲール語で「アイラ海峡」を意味するその言葉どおり、
海と空と煙が溶け合う、曖昧な境界線に生まれたウイスキーだ。
12年。
静かなる熟成の果てに現れるのは、穏やかにして深遠なるピートの囁き。
潮の香り、焼けた薪、レモンピール、そして青い草のような余韻。
アードベッグのような激しさはない――
だがその代わりに、静かな狂気が潜んでいる。
カリラ12年を口に含むと、
まるで霧の中で方向を失うように、味覚がゆっくりと迷い込む。
塩気と甘みが溶け合い、煙と果実が交わり、
何が本当で、どこが幻なのか――境界が曖昧になる。
それはアイラのもう一つの顔。
荒ぶる暴風ではなく、霧に包まれた誘惑。
カリラ12年。
飲み干した後も、かすかな潮風が心に残る。
まるで“記憶そのものがスモーキー”になってしまったかのように。


